鹿児島市の秘宝:西郷隆盛ゆかりの歴史的地を巡る旅!

西郷屋敷跡

鹿児島市には、西郷隆盛の足跡を辿ることができる歴史的な地が数多く残されています。西郷隆盛の生誕地から始まり、彼が生活した西郷屋敷跡、学問を志した私学校跡、思索にふけった西郷洞窟、そして壮絶な人生の終焉を迎えた地、そして彼を偲ぶ南洲墓地まで、鹿児島市は西郷隆盛の伝説を今に伝える貴重な場所で溢れています。これらの地は、バスや電車で簡単にアクセス可能であり、西郷隆盛という人物の深遠なる歴史と人間性に触れることができる貴重な機会を提供しています。西郷隆盛の生きざまを追体験し、その偉業をより深く理解するために、これらの地を訪れることは、歴史愛好家だけでなく、すべての人々にとって魅力的な冒険となるでしょう。

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目次

鹿児島市にある西郷隆盛のゆかりの地

西郷隆盛誕生地

西郷隆盛誕生地
西郷隆盛誕生地

西郷隆盛のゆかりの地の1つ目は、『西郷隆盛の誕生地』

西郷隆盛の誕生地加治屋町の維新ふるさと館の駐車場前です。

西郷隆盛は文政10年(1828年)に加治屋町で生まれ、大久保利通等と一緒に育ちました。

すぐ近くの甲突川河畔は、『甲突川歴史ロード維新ふるさとの道』として散策路が整備されています。

住所鹿児島県鹿児島市加治屋町5
アクセスJR鹿児島中央駅から徒歩約13分
維新ふるさと館から徒歩約1分弱
駐車場有りません

西郷屋敷跡

西郷屋敷跡
西郷屋敷跡

西郷隆盛のゆかりの地の2つ目は、『西郷屋敷』

西郷屋敷跡JR鹿児島中央駅の裏手の九州新幹線の線路沿いにあります。

西郷隆盛が明治6年(1873年)から明治10年(1877年)まで住んでいた場所です。

ここの対座の像は、西郷隆盛と庄内藩家老菅実秀(臥牛)が明治8年にこの地で親睦を深めたことを記念して作られたものです。

住所鹿児島県鹿児島市武2丁目28-7
アクセスJR鹿児島中央駅から徒歩約8分
駐車場有りません

私学校跡

私学校跡
私学校跡

西郷隆盛のゆかりの地の3つ目は、『私学校跡』

私学校跡黎明館の並びの国道10号線沿いにあります。

明治6年(1873年)に起きた『明治六年政変』で参議を辞めた西郷隆盛が鹿児島へ帰って来て、鹿児島の士族たちのために私学校を創設しました。

住所鹿児島県鹿児島市城山町
アクセス市電・市バスの「市役所前」から徒歩約5分
黎明館から徒歩で約2,3分
駐車場有りません

写真の私学校跡の石碑の場所は、磯街道を石垣に沿って地図の上(磯方面)へ進んだところです。

西郷隆盛洞窟

西郷洞窟後
西郷洞窟後

西郷隆盛のゆかりの地の4つ目は、『西郷隆盛洞窟』

西郷隆盛洞窟黎明館横の道から城山展望台へ上る途中にあります。

明治10年(1877年)の西南戦争で西郷隆盛が最後の5日間を過ごしたと言われる洞窟です。

住所鹿児島県鹿児島市城山町
アクセスJR鹿児島中央駅からカゴシマシティビューで約18分(西郷洞窟前)
駐車場数台駐車可

西郷隆盛終焉の地

西郷隆盛終焉の地
西郷隆盛終焉の地

西郷隆盛のゆかりの地の5つ目は、『西郷隆盛終焉の地』

西郷隆盛終焉の地西郷洞窟から下り、1つ目の信号の先の左手にあります。

明治10年(1877年)9月24日、西郷隆盛はこの地で亡くなりました。49才でした。

現在は南洲墓地で眠っています。

住所鹿児島県鹿児島市城山町
アクセス市電の「水族館口」から徒歩約7分
黎明館から徒歩で約5分
駐車場有りません

その他のゆかりの地

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